コミュニケーションの本質は変わらない|楢崎 雄太インタビュー

2019年1月7日

「遊びを遊び尽くす」会社であるBONXのユニークな社員を一人ずつ紹介していくインタビュー企画の第二回。

今回は東大卒のBCGエリートコンサルタントから転身、起業家としての道を歩むBONXの「戦うCTO」楢崎 雄太さんにインタビューを行いました。

楢崎 雄太
2014年11月、チケイ株式会社(のちの株式会社BONX)をCEO宮坂貴大とともに創業。東京大学大学院を卒業しBCG(Boston Consulting Group)にてコンサルタントをしていた経歴をもつ。現在は「戦うCTO」としてBONX最強のジェネラリストを目指している。

これからは音が面白くなる|学生時代からの気付き

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――学生時代は何を研究していたのですか?

大学2年からプログラミングを学び始めて、大学の専攻も情報系を選びました。当時VR(Virtual Reality)やAR(Augmented Reality)という分野が流行り始めていて、例えば「セカイカメラ」というアプリ(※現在はサービス終了)やARToolKitというライブラリが公開されたりと世の中的に面白い動きが色々出てきていたので学部ではARを使ったvisualizationをテーマに卒業論文を書きました。ARって実世界の情報と仮想世界の情報が同じ世界で目に見えて表示されるので、テクノロジー分野でもわかりやすく「近未来感」があるじゃないですか。もともと大好きだったアニメ「攻殻機動隊」のような世界観が実現できそうなので純粋にワクワクして色々いじっていました。

大学院ではMR(Mixed Reality)の研究をしている研究室に所属し、もう少し基本技術に関わるところで本格的に研究を始めました。もともとバンドをやっていたり音楽が好きだったりと「音」にずっと興味があったので、MR環境における音声処理をテーマに研究を行いました。人間の五感って視覚が大半の情報量を占めているんですけど、実は聴覚も約3割くらいの情報量なんです。VRは視覚的な技術ですが、この技術が広がっていくなら当然「音」も面白くなるんじゃないか。もっというと、人間同士のコミュニケーションって「話す」「聞く」というプリミティブなものはどんな未来でも普遍的だと思ったんです。もともと画像処理中心の研究室でしたが、音の研究をやらせてくれって突飛な研究計画を出しても受け入れてくれたのは今考えると心の広い研究室でしたね(笑)出来の良い学生ではなかったと思いますが、当時学んだことは今もすごく生きています。

――研究以外で行っていた活動などはありますか?

その時東大の大学院にあったテクノロジーアートをやる学生団体にも所属していて、その時の経験は自分の中で結構転機になったと思っています。ちなみにそこで今も仕事を手伝ってくれている中西とも出会いました。団体自体は文系と理系を横断するもので、テクノロジーという単体ではわかりにくい物をアートとして目に見えるもの、わかりやすいものとして表現するという活動をしていました。僕の場合だと音声MRというテクノロジーをアートとしてどのように伝えるか、ですね。

団体のサブリーダーみたいなポジションに就いて、組織を動かす面白さというものにも気づきました。30-40人くらいの学生が所属していた団体だったのですが、単に自分の作品を作るだけでなく、大学の広報からプレスを出させてもらったり、一人でするよりもみんなを動かしてなにかやることの楽しさを知れたのも貴重な経験でしたね。

もっと自分で最後まで|コンサルタントを経て

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――楢崎さんの前職はBCGということですが、就活する際にコンサルタントを選んだ理由などありますか?

最初はAppleやGoogleなどいわゆるシリコンバレーのテクノロジー企業でエンジニアになりたかったのですが、当時はドクターをもっていないとエンジニアとして採用されるのは難しく、それ以外の業種はあまり惹かれるものがなくて。メーカーなどでエンジニアになることも考えたのですが、例えば製造系の会社だと入って5,6年くらいたってからやっと自分の研究をできると聞いて、自分の飽きっぽい性格を考えるとそれも微妙でした。一方で学生団体での経験を通じて「マネジメント」とか「組織」「戦略」に興味を持つようになってコンサルティングファームにアプライしてみました。新卒で入っても圧倒的な成長ができてビジネスパーソンとして立ち上がることができる、というのも魅力でしたね。結果的にBCG: Boston Consulting Groupを受けたら内定がかなり早めにもらえたんです。行きたかった会社でもあったスパッと就活をやめ、卒業まで自分の研究に専念できたのがありがたかったですね。

――BCGではどのように仕事をしていたのですか?

新卒で入った最初のプロジェクトでいきなり次期社長候補の教育プログラム策定に関わったり、数兆円規模のグローバル企業の中期計画を作るお手伝いをしたり、優秀な先輩・同僚と一緒にとにかく無茶苦茶働いて、スキルもマインドセットもすごくいいものを手にすることができました。大きい一流企業をクライアントとして働くなかで、ビジネスのダイナミクスみたいなのを眼の前で感じられたのも良い体験でした。

ただ、徐々に自分がやっていることに対して違和感みたいなものが生まれてきて。クライアントに良い戦略を提案しても実行までしっかり関わることがビジネス上難しかったり、「外部の人」だからこそできることもある一方「中の人」じゃないことで難しいことも色々あったり、良くも悪くもコンサルタントという立ち位置だったんですね。少しずつ自分の力に自信も出てくるなかで、もっと自分で最後までやりたいという思いが出てきました。まさかベンチャーやるとは思ってなかったですけど(笑)

変な奴に声をかけられたんです|BONXへのジョイン

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――宮坂さんとの出会いについて教えてください

BCGやめようかなーとか考えているときにいきなり変な奴に声をかけられたんです。オフィスでソチ五輪のショーンホワイトの動画をずっと見てるし、スーツ着ないし、オフィスのフロアーど真ん中でいびきかいて寝ててパートナーも失笑みたいなヤバイ奴。宮坂貴大っていうんですけど。

たまたま席がはす向かいで、ある日急に話しかけられて「楢崎さんって音とか詳しいんでしょ?こういうの(のちのBONX)やりたいんだけど、何したらいい?」って。最初は適当に風切り音のアドバイスとかをしてて、気づいたらオフィスの会議室を勝手に借りて話し込むようになっていました。

そしたらある日突然「会社辞めて、これをほんとにやるわ」なんて彼が言いだしてきて。すげー勇気のある人だなーって驚きました。本当にゆるいコンセプトくらいしか決まってなかったタイミングだったんでその時の自分は流石にちょっと・・・ってなって踏み出せなかったですね(笑)しばらくするとNEDOの助成金を宮坂がとってきて、少ないながら一応給料がでるようになったタイミングでジョインしました。

――なかなか難しい選択だったと思います。どうして飛び込めたのですか?

さっきもあげた通りコンサルティングという職業をやるにつれていい面も悪い面も見えてきて、スキルはついたものの続けることに魅力を感じなくなってきたり、尊敬していた先輩たちが辞めてしまっていて。そこで一回会社の外にどういうチャンスがあるのか見てみようかなという思いから、やりたいことはないかと探し始めていました。

転職先を考える際に自分で3つの軸を用意して仕事を探しました。仕事としてスポーツにかかわりたい、研究の延長線で「音」に関する仕事をしたい、小さい組織をスタートからやってみたい、の3点です。それぞれに想いがあって。まず自分はシンプルにスポーツが好きでした。2つ目は学生時代の音の研究が楽しかったので、どうにかそれを仕事に活かせたら良いなという想い。せっかく大学で研究やってたのに、自分のキャリアにそれが生きてこないのはだせぇな、みたいな。小さな組織に関わりたいというのは、もともとアート団体の活動で体感した小さな組織を動かしていく楽しさから来ていました。そういった観点から会社を探していると「よく考えたら宮坂の会社には全部あるじゃん」と気付いたわけです。スポーツも音も関係あるし、スタートアップだから0->1を自分でやれるし。タイミングもよかったので、やるか。みたいな。

創業時に信じたビジョンを妥協したくない|BONXへの想い

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――ジョインして、まずは何から始めたのですか?

僕がジョインすることになって、宮坂と二人で共同創業者としてまずはいろんな本を読み漁りました。二人で本を読んで読書感想文を発表しあうみたいな(笑)パタゴニアの社長が書いた「社員をサーフィンに行かせよう」やクリフバー創業者の書いた「レイジング・ザ・バー」それ以外にも高杉晋作の言葉とか、とにかく色々な本を読んで「どういう会社が面白いか」というビジョンメイキングの部分をとにかく作り上げました。スタートアップで最初からパタゴニアの本なんてなかなか読まないですよね(笑)

――BONXのビジョンに対する想いをお聞かせください。

僕らには届けたい世界観があって、そこからものを作ったり、みんなに同じことを感じて欲しいという思いでBONXはやっています。チケイからBONXになって、会社も大きくなり社員も投資家も含めてステークホルダーが増えてきていて、ブランドビジョンは少しづつ進化しているけど、原型はほとんど変わっていないんです。テクノロジーの分野の会社だけど、テクノロジー畑の人から始まった会社ではないし、ブランドそのものやビジョン、伝えたい価値観から会社を作っていくというのが手前味噌ながらかっこいいしイケてる。

こういう考えが創業当初から変わっていないというのは結構すごいことで。もちろん会社のフェーズごとに何を重視するかは変わっているけど、ビジョンは変わっていないし変えたくない。もし抜本的に変えなくてはならないならこの会社を続ける意味もない。そこまで断言できます。もちろん、果たさなきゃいけない責任も増えているので難しいところですけど。僕個人としてはこの理想を追い求めたいです。

――BONXの共同創業者としてはどのような想いがありますか?

会社の創業者にはよくある話で「キングかリッチか」というものがあります。キングは会社のコントロールを失わないことを優先すること。リッチは文字通りお金持ちで、イグジットしてお金を手にするみたいな。僕らがなりたいのはリッチではなくキングなんです。

自分のやりたいことが自分の人生になっている、会社でやっていることがそのまま自分の人生になっている。そんな会社を作りたいと思っています。自分が会社員だったときにすごく思ったんですが、仕事は仕事、プライベートはプライベートでスパッと分けるいわゆるサラリーマン的な生き方はなんとなく「つまらないなー」と思ったんですよね。遊び仲間と仕事も真剣にやる、みたいな方がやってて楽しいし自分が0->1に関わる価値があると強く思いました。それは創業者である自分はもちろんですが、投資家も社員も含めて同じ船に乗ったBONXメンバーのみんなも心から同じことをような会社になることが目標です。

「4番でピッチャー」以外全て自分がやる|働くスタンス

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――いつもどのような気持ちで働いていますか?

コンサルで資本主義の権化みたいな仕事を経て、やりたいことを追求する生き方への転身。今は職業と人生が一致しているという感覚があります。仕事は仕事、プライベートはプライベートみたいな生活をする人もいますけど、そういう生き方は自分には合わなかったです。僕の好きな言葉で「男なら、たとえ、溝の中でも前のめりで死ね」という司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出てくる言葉があって、それができる生き方が今のBONXでやってることにイコールになっています。

――楢崎さんはBONXでの自分の役割をどのように捉えていますか?

自分の役割は創業以来ずっと変わっていなくて、簡単に言ったら「落穂ひろい」です。うちの社長は良くも悪くも「4番でピッチャー」なんです。それ以外には興味がない。だから「彼がやらないところは全部俺がやる」というスタンスで働いています。今でこそ信頼できる仲間に任せられる分野が増えてきてその限りではないですけど、基本的なスタンスは変わっていません。

もともと「ベンチャー起業の二人目ってCTOが多いらしいよ」というふわーっとしたところからCTOをやっていますが、実際のところそこにあまりこだわりはなくて。BONXには特定分野のプロフェッショナルはいても、経営も技術も組織も含めて全体を見渡せる人ってあんまりいないんです。そこが自分の役目と感じています。スペシャリストが集まることは重要ですが、全員がスペシャリストだったら会社として成り立ちません。全ファンクションを横ぐしで通せる人間が自分であり、これからもそうであり続けたい。全部の分野で85点が取れる人間であることが目標です。将来的には全部の分野で120点を目指してますけどね。

「攻め」の気持ちで|これからのはなし

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――楢崎さん個人としての今後の目標を教えてください

自分自身が起業家として有名になりたいとかとかは特になくて、BONXが世に知られて世間に「BONXってすげー」って言われたいだけですね。家族が路頭に迷わなけりゃ最悪自分はなんだっていいくらいの気持ちです。もちろんBONXがより世の中に広がっていくために自分の名前が売れること自体は大歓迎です。もともと人前に出るタイプではないので、もうエゴサーチできなくなっちゃったなーっていうのはあるんですけど(笑)

ただ、今やっているキックボクシングだけは結構マジで頑張っています。子供のころからプロレスが大好きで、ずっと格闘技をやりたかったけどなかなか機会がなくて。それを今できているっていうことがすごく楽しいです。プロレスとキックボクシングはまた違いますけど、同じ格闘技ってくくりで中学生の時のヒーローと同じことをやれている。練習では自分の体をいかにコントロールするかをめちゃめちゃ考えているけど、結局試合では本能で戦う。みたいな世界が超面白いです。

格闘技の世界で学歴とか会社とか全く関係ないんですよ。生物としての強さをひたすらに競っている。キックを通して人生初めての減量を経験したり、試合で負けたらめっちゃ悔しいし。技術力では勝てないかもしれないけど、戦闘力では日本で一番のCTOになってやろうとおもっています(笑)人間ってほっとくと守りに入っちゃうもので、常に攻めの気持ちを忘れないためにも「戦うCTO」でいようと心がけています。

――BONXの今後についてお聞かせください。

学生の時から「会話」って面白いなと感じてて、対面で喋ることの価値はどれだけテクノロジーが進もうがきっと変わらないと思うんですよ。何でもテキストでいいじゃんって言われる世の中ですけど、喋った感じで感情も伝わるし対面での会話の情報量ってテキストとはまさに次元が違うんです。こういうことはグローバルでもテクノロジーが進化しても普遍的に変わらないことだし、会社として進めていく価値のあることだと思っています。

いまのBONXはとても良いチームになっています。日本のIoT業界で先陣を切ってグローバルでもやってやりますよって感じです。俺らが失敗したら他のどこでも無理だろってくらい攻めの気持ちを忘れずにやっていきたいですね。